東京地方裁判所 平成11年(レ)262号 判決 1999年12月16日
控訴人
株式会社シティズ
右代表者代表取締役
谷﨑眞一
右訴訟代理人弁護士
平光哲弥
被控訴人
羽生國成
右訴訟代理人弁護士
伊藤嘉章
主文
一 原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。
二 被控訴人の請求を棄却する。
三 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一控訴の趣旨
主文第一項ないし第三項と同旨
第二事案の概要
一 本件は、控訴人を解雇されたと主張する被控訴人が、原審において、控訴人に対し、解雇予告手当として二八万四三九七円及びこれに対する解雇の日の翌日である平成一〇年八月四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたが、原判決は二七万八二一四円及びこれに対する平成一〇年八月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で被控訴人の請求を認容し、控訴人が原判決を不服として控訴した事案である。
二 争いのない事実等(証拠に基づき認定した事実を含む。争いのない事実については特にその旨を断らないが、証拠の根拠を示すため各項末尾の括弧内に証拠を掲げる。)
1 控訴人は金銭貸付け等を業とする株式会社である。
2 被控訴人は平成一〇年二月二日控訴人との間で雇用契約を締結した。
3 被控訴人と控訴人との雇用契約は同年八月三日をもって終了した。
4 被控訴人の賃金は毎月末日締切り翌月一五日払いであり、被控訴人の平成一〇年五月分の賃金は二六万一三九七円、同年六月分の賃金は三〇万二〇三一円、同年七月分の賃金は二八万九七六三円である。
5 控訴人の就業規則(以下「本件就業規則」という。)には、次のような定め(原文を尊重したが、原文は横書きなので縦書きとするのに適宜表記を変更したほか、明らかに誤記と認められるものは表記を改めてある。)がある(<証拠略>)。
第三章 採用
第一八条 社員の採用は取締役会がこれを裁定する。
第一九条 社員の採用は原則として新卒業者(高等学校、専門学校、短期大学、大学)とする。ただし業務遂行上支障を来た(ママ)す場合は欠員補充のため中間採用とする事が出来る。
第二〇条 社員の採用は人物検査、身体検査を行い別に定める試用期間を経て採否を決定する。
第二一条 社員採用の際は次の書類を提出しなければならない。
(1) 履歴書
(2) 写真
(3) 成績証明書
(4) 最終学校卒業(又は終了)証明書
(5) 健康診断書
(6) 誓約書
(7) 身元保証書(保証人二名連署印鑑証明書添付)
(8) その他
上記提出書類中の記載事項その他身上に異動が生じた場合はすみやかに届出なければならない。
第二二条 身元保証人は公民権を有し、資産及び信用ある者で会社が適当と認める者で原則二名立てなければならない。保証成立日より五ヶ年ごと或は死亡、破産その他により保証資格を失った時は直ちに保証人を更新し会社の承認を得なければならない。
第二三条 新規採用の試用期間は入社した日から満四ヶ月とし、この期間は勤続年数に加算する。
第八章 退職
第四二条 社員は満五五歳をもって定年として、達齢月の末日をもって退職とする。(但し役員会で承認ある者は期間を定めて定年延長又は再雇用する事が出来る)但し他社より定年退職者採用の場合は別にこれを定める。
第四三条 社員が次の各号に該当する時は退職させる。
(1) 休職期間満了し復職しないとき。
(2) 定年に達したとき。
(3) 本人の退職希望を承認したとき。
(4) 業務上の傷病により打切補償を受けたとき。
第四四条 社員が退職しようとするときは一四日以前にその事由を述べ所属長を経由し社長あて退職願を提出しなければならない。
第四五条 社員は次の各号の(1)に該当するときは三〇日以前に予告をなし又は三〇日以上の平均賃金を支払って即時解雇することが出来る。
(1) 精神又は身体の障害によって服務に堪えないと認められるとき(ママ)
(2) 第二三条に定める試用期間中の者について、社員として不適格と認めたとき。
(3) その他前号に準ずる程度の事由発生したとき。
三 争点
1 控訴人は平成一〇年八月三日被控訴人に対し解雇の意思表示をしたか。
2 控訴人は1の解雇の意思表示をする三〇日以前に被控訴人に対し解雇を予告したか。
3 1の解雇は被控訴人の責めに帰すべき事由に基づく解雇か。
第三当事者の主張
一 争点1について
1 被控訴人の主張
控訴人は平成一〇年八月三日被控訴人に対し同日をもって同人を解雇する旨の意思表示をした。
2 控訴人の主張
被控訴人は控訴人に入社した後に銀座支店において研修を受け、平成一〇年三月二日新宿支店営業部に配属された。新宿支店営業部の指導員島田日向男(以下「島田」という。)は控訴人本店人事部の督励を受けて同年三月三日被控訴人を含む新宿支店営業部全員に対し身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を手渡し、早急に控訴人あてに提出するよう申し渡し、これらの書面が提出されなければ、控訴人は退職の意思表示と受け取ると説明したにもかかわらず、被控訴人はいずれの書面も提出しなかった。控訴人は同年五月一日被控訴人を銀座支店営業部に異動させたが、被控訴人は控訴人からの再三の請求にもかかわらず、身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を提出しなかった。銀座支店副支店長大窪雅之(以下「大窪」という。)は本店人事部の督励を受けて同年七月七日被控訴人に対し右各書類の提出を強く求めて被控訴人から秘密保持誓約書及び誓約書の提出を受けた。大窪は被控訴人に対し身元保証書を手渡し、同年七月中に身元保証書が提出されなければ退職の意思表示とみなすと申し渡した。しかし、被控訴人は身元保証書を提出しなかったので、大窪は同年八月三日被控訴人に対し同人の辞職の意思を確認し、辞表の提出を求めたところ、被控訴人は辞表の提出を拒み、解雇を理由とする離職票の交付を求めてきた。大窪はこれを拒絶した。被控訴人は以前に金融機関(株式会社アイチ)に勤務しており、金融機関においては一般的に身元保証書の提出を要することを熟知していたはずであるにもかかわらず、右に述べたような経過により身元保証書を提出しなかったのであるから、被控訴人の退職の理由は自己都合による退社であることは明らかである。控訴人は被控訴人を解雇していない。
3 被控訴人の反論
解雇に先立つ経過に関する控訴人の主張のうち被控訴人が平成一〇年三月三日に島田から身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を交付されたことはない。被控訴人は同年七月七日に大窪から「三通の書類を出しなさい。七月中に出さない場合には、八月からは貸付けの契約をさせない。」などと言われたことはあるが、出さないことを退職の意思表示とみなすなどと言われたことはない。
二 争点2について
1 控訴人の主張
前記第三の一2に述べた経過によれば、控訴人は平成一〇年三月三日及び同年七月七日の二回にわたって解雇を予告しており、三〇日以上の解雇予告期間を設けているから、労働基準法(以下「労基法」という。)二〇条一項本文により控訴人は解雇予告手当の支払義務を負わない。
2 被控訴人の主張
否認ないし争う。
三 争点3について
1 被(ママ)控訴人の主張
控(ママ)訴人は本件就業規則に明示され、再三提出を求められた身元保証書を提出しなかったのであるから、控(ママ)訴人の責めに帰すべき事由に基づいて解雇されたことは明らかであって、労基法二〇条一項ただし書により控訴人は解雇予告手当の支払義務を負わない。
2 控(ママ)訴人の主張
否認ないし争う。
第四当裁判所の判断
一 争点1について
1 前記第二の二1、2及び5の各事実、証拠(<証拠略>)によれば、次の事実が認められ、証拠(<証拠略>)のうちこの認定に反する部分は採用できず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない(認定の根拠を示すため各項末尾の括弧内に証拠などを掲げる。)。
(一) 控訴人は金銭貸付け等を業とする会社であるため、社員は日ごろから金銭を扱う機会が多い。そこで、控訴人は、金銭を扱うことに伴う横領などの事故を防ぐために、社員に自覚を促す意味も込めて身元保証書の提出を社員の採用の条件としており、本件就業規則二一条には社員採用の際は身元保証書を提出しなければならないと明記されている。被控訴人の採用面接は平成一〇年一月下旬に控訴人銀座支店で控訴人の人事担当であった本田敏行が行った。
(前記第二の二1及び5、<証拠略>)
(二) 被控訴人は控訴人に入社した後に銀座支店において研修を受け、本件就業規則のファイルを回覧で見た。被控訴人は平成一〇年三月二日新宿支店営業部に配属された。新宿支店は同日に新規開店したばかりの店舗であり、新宿支店営業部の指導員である島田は同月三日新宿支店営業部員のうち被控訴人と同様に控訴人に新規に採用された者全員に対し身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を手渡し、控訴人あてに提出するよう申し渡したが、被控訴人はいずれの書面も提出しなかった。
証拠(<証拠略>)によれば、同月三日、新宿支店営業部員数名に身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書が手渡されたことが認められ、この事実及び(一)の事実に基づいて考えると、右のとおり被控訴人に対しても身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書が手渡された事実を推認することができ、証拠(<証拠略>)のうちこの推認に反する部分は採用できない。
(<証拠略>)
(三) 控訴人は平成一〇年五月一日被控訴人を銀座支店営業部に異動させたが、銀座支店には身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を提出していない社員が被控訴人の外に三名いた。銀座支店副支店長大窪は同月銀座支店に配属されている社員で身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を提出していない四名(被控訴人を含む。)に対し身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書の提出を求めたが、右の四名は同年七月六日までにいずれの書面も提出しなかった。本件就業規則二〇条には社員の採用は人物検査、身体検査を行い別に定める試用期間を経て採否を決定すると明記されており、本件就業規則二三条によると試用期間は四か月であるから、被控訴人について言えば、被控訴人は控訴人に入社した同年二月二日から四か月が経過した同年六月二日には正式に控訴人に採用されたということになるが、被控訴人は同日から一か月余りが経過した同年七月六日までにいずれの書面も提出しなかった。
(前記第二の二2及び5、<証拠略>)
(四) 大窪は平成一〇年七月七日銀座支店に配属されている社員で身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書を提出していない四名(被控訴人を含む。)に対しそれぞれ個別に身元保証書、秘密保持誓約書及び誓約書の提出を求め、秘密保持誓約書と誓約書についてはその場で書かせてその提出を受け、身元保証書については同月中に提出させることにした。大窪は被控訴人に対し身元保証書を提出しなければ八月からは貸付けをさせないと申し渡した。被控訴人はこれに対し格別異議を述べなかったが、同月三一日(金曜日)までに身元保証書を提出しなかった。
(<証拠略>)
(五) 大窪は平成一〇年八月三日(月曜日)被控訴人に対し身元保証書が同年七月三一日までに提出されなかったので辞めてもらうことにすると言って自己都合で退職すると記載した辞表の提出を求めた。被控訴人は大窪から求められていた身元保証書を提出しなかったのであるからそれを理由に解雇されるのはやむを得ないと考えて控訴人を退社することには素直に応じたが、辞表の提出については辞表に会社都合で退職すると記載するのなら提出するが、自己都合で退職すると記載するのなら提出しないと答え、大窪に対し離職理由を解雇と記載した雇用保険被保険者離職票の交付を求めたところ、大窪はこれを拒否した。大窪が副支店長を務めていた控訴人銀座支店の支店長は当時空席で、大窪は実質的には控訴人銀座支店の支店長であった。
(<証拠略>)
(六) 被控訴人は以前に金融機関(株式会社アイチ)に勤務しており、同社から身元保証書の提出を求められた際にはこれを提出していた(<証拠略>)。
2 前記1で認定した事実によれば、控訴人は平成一〇年八月三日に大窪を介して被控訴人に対し同日をもって被控訴人を解雇する旨の意思表示をしたことが認められる。控訴人は被控訴人を解雇しておらず被控訴人の退職の理由は自己都合による退社であると主張しているが、証拠(<証拠略>)のうちこの主張に沿う部分は前記のとおり被控訴人が辞表の提出を拒み、かえって大窪に対し離職理由を解雇と記載した雇用保険被保険者離職票の交付を求めている事実に照らしてたやすく採用することができず、他に控訴人の右主張事実を認めるに足りる証拠がないから、採用できない。
二 争点2について
この点に関する事実は前記第四の一1で認定したとおりであり、控訴人が平成一〇年三月三日又は同年七月七日に被控訴人に対し解雇を予告したことを認めるに足りる証拠はない。
三 争点3について
1 労基法二〇条一項ただし書にいう「労働者の責に帰すべき事由」とは、当該労働者が予告期間を置かずに即時解雇されてもやむを得ないと認められるほどに重大な服務規律違反又は背信行為を意味するものと解するのが相当である。
2 前記第四の一1で認定した事実によれば、控訴人が被控訴人を解雇したのは、身元保証書の提出が被控訴人の採用の条件とされていたにもかかわらず、被控訴人は控訴人からその提出を求められた平成一〇年三月三日以降その提出に応ぜず、同年七月七日には同月中に提出しなければ八月からは貸付けをさせないと申し渡されたにもかかわらずその提出に応じなかったことによるものである。金銭貸付け等を業とする会社である控訴人において社員に身元保証書を提出させる意味(前記第四の一1(一))に照らせば、被控訴人が右のとおり身元保証書を提出しなかったことは従業員としての適格性に重大な疑義を抱かせる重大な服務規律違反又は背信行為というべきであり、被控訴人が控訴人に入社する前に金融機関で勤務したことがあり、その際身元保証書を提出していること(前記第四の一1(六))からすると、被控訴人も控訴人が身元保証書の提出を求めた意味を十分理解していたものと考えられるのであって、それにもかかわらず、大窪から申し渡された期限までに身元保証書を提出しなかったというのであるから、身元保証書の不提出を理由とした控訴人による被控訴人の解雇は労基法二〇条一項ただし書にいう「労働者の責に帰すべき理由」に基づく解雇に当たるというべきである。
3 以上によれば、控訴人は労基法二〇条一項ただし書により被控訴人に対し解雇予告手当の支払義務を負わない。
四 結論
以上によれば、被控訴人の本訴請求は理由がない。原判決は取消しを免れず、本訴請求はこれを棄却する。
よって、民事訴訟法三〇五条、六七条二項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 髙世三郎 裁判官 鈴木正紀 裁判官 植田智彦)